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名古屋家庭裁判所 昭和62年(少)6648号 決定 1987年12月09日

少年 D・Z(昭45.2.12生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してある折たたみ式果物ナイフ(昭和62年押第387号の1)を没取する。

理由

(事件に至る経緯)

少年は○○高等学校普通科3年×組に在学するもの、A(当18歳。以下「A」という)は同校電気科3年に在学していたものである。

少年とAとは所属の科が異なり、普通科と電気科では建物も別で日常の交流もほとんどないためこれまで特に面識もなかつた。少年は昭和62年10月23日の2時限目と3時限目の間の休み時間に隣のB組の教室へ赴いて、友達と話をしていたが、ふと顔を同教室の出入口の方向へ向けたところ、たまたま体育の授業の関係で普通科の校舎へ来ていたAを目にし、これまで見かけたことのない生徒であつたためにしばらくAの様子を見ており、これが教室内を見回していた同人の視線と会つたためにいわゆるガンを付けたような形になつた。そのため、少年はAから「なんだ」などとにらみ返され、これを受け流すつもりで視線を外したものの、さらに「なんだ」と声をかけられたため、いなす様なつもりでAに対し「馬鹿じやないの」と答えて、その場は同人が再びにらみ付けてきただけで立ち去り何事もなく、以後気に留めることもないままに終わつた。

ところが、少年はその日の下校の際一緒になつた同級生からAが少年を探しており、少年と間違えられた他の普通科の生徒が暴力をふるわれそうになつたとの話を聞かされて、その場では少年が普段パンクロツクに凝り人に弱みを見せたくないという気持ちが強かつたことから同級生らに対し、Aがくるならやり返してやる旨虚勢を張つた言葉をはいた。少年はその後、Aのことを考えることもなく、いつものとおりアルバイト先で仕事をして帰宅したが、翌24日朝登校のため家を出る際、Aのことや前日同級生らに対し虚勢を張つたことを思い出し、Aが本当に喧嘩をしにくれば負けてしまうが、前記の同級生らへの手前格好の悪いことになるから簡単に負けるわけにはいかないと考えるうち、かねていわゆるパンクロツク風の服装の飾りとするために手にいれてよく持ち歩いていた折たたみ式果物ナイフ(昭和62年押第387号の1)を持つて行くことを思いつき、これを取り出して制服のズボン右側ポケツトに入れて登校した。

(非行事実)

少年は、昭和62年10月24日午前8時20分ころまでに、名古屋市千種区○○×丁目×番××号所在の○○高等学校南側1階普通科3年×組の教室に入り、自分の机に付いて授業の開始を待つていたところ、同教室に前日のことで少年に腹を立て、仕返しにきたAより、「なんだ」と声をかけられ、同じように「なんだ」などと言い返したことから言い合いとなり、興奮したAに左の耳をつかんで引つ張られ、その場に立ち上がつたところ顔面を殴打された。少年はいきなり殴られたことに腹を立てたものの、Aに続けざまに攻撃されて反撃のゆとりもないまま、教室前方へ移動してそこで教壇に押し付けられたりし、さらにAより殴る、蹴るの攻撃を受けるので顔面を手と腕で覆つて隠してこれを避けつつ次第に教室後方へ移動した。

少年は教室後方窓側の傘立ての辺りまで後退したとき、周囲を見ると同級生らがたくさんいて二人の様子を見ているのに気づき、このまま一方的にやられていては格好がつかない、Aを抑えるには所携の前記ナイフを出して脅かすしかないと考え、右傘立て付近でAの攻撃が緩んだように思えたため、とつさにズボンの右ポケットより前記ナイフを取り出してその長い方の刃体の長さ約5.8センチメートルの刃を起こし、右手に握つた。少年はそのまま前記ナイフをAに示し、「死にたいのか」などと叫んで脅そうとしたが、少年の意に反してAは怯まず、近くの椅子を持ち上げて向かつてくるため、再び方向を変えて後退すると、逆に右手をつかまれてナイフを取り上げられそうになりこれを振りほどいた。かくして、少年はAを怯ませて優位に立つためにはナイフで多少傷つけてやるしかないと考えて、前記ナイフをAに向けて切りつけ、あるいは突き出すなどして振り回し、突き出した前記ナイフによつてAの左胸部を突き刺して左胸部剌創の傷害を負わせ、その結果、同日午前9時10分ころ、愛知県愛知郡○○町大字○○××番地所在の○○病院において、右傷害に基づく心損傷による失血により死亡させた。

(適用法条)

刑法205条1項

(当裁判所の判断)

1  事実認定の理由

本件の検察官送致の事実は、前記非行事実について、少年は殺意を持つて、所携の果物ナイフ(以下、本件ナイフという。)でAを刺して殺害したというのである。これに対し、少年及び付添人らは少年には本件非行時に殺意はなかつた旨主張するので、この点についての判断を示しておく。

一件記録及び押収してある各証拠物によれば、本件死傷行為について、

1 行為に使用された本件ナイフは二つ折で、大小二つの刃が付いたいわゆる「二徳ナイフ」であり、長い方の刃は刃体の長さ約5.8センチメートル、刃渡約5.1センチメートル、刃体幅約1.0センチメートルであり、短い方の刃は刃体の長さ約3.2センチメートルであり、起こした刃は固定できるようになつているが、少年は長い方の刃を起こした本件ナイフを右手に握つて使用したこと、

2  致命傷となつたのは胸部の刺創であるがその長さは約1.6センチメートル、幅約0.7センチメートル、深さ約8.8センチメートルであつて本件ナイフが一突きで、かなり強い力をもつて被害者の体内に刺入され、心嚢内に達していること、3被害者の身体には前記剌創のほかに本件ナイフによると認められる切創が少なくとも3カ所存在するが、うち比較的大きな手と腕の傷は被害者の防御行為の際に生じたと考えられるものであり、他は浅い切創であることの各事実が認められる。

以上によると、少年は本件ナイフを使用して、被害者を攻撃するに際し、特に手加減を加えたり、胸、腹などの身体の枢要部への攻撃を避けた形跡はなく、その限りでは少年の本件に当たつての行動は被害者の死の結果を認容した行動との疑いが存在するといわねばならない。

しかしながら、本件ナイフは成傷器としては比較的刃体が短いものであるのに対し、本件致命傷の深さは本件ナイフの刃体よりも長く、これはナイフの柄の部分が没入したか、押し込まれた力で身体組織が陥没したこと、すなわちナイフがかなりの力によつて差し込まれたことを認めうる。してみると、右手で握つた本件ナイフを突きだしたという少年の行為のみによつて本件の致命傷ができることは通常考えられず、たまたま少年がナイフを突きだしたところへ被害者が攻撃してきたため、被害者がナイフに向かつてぶつかつた形となり、その力が合致したため致命傷となつたと考えるのが相当である。なお、当審判廷における少年の陳述によれば、少年は本件ナイフを飾りになるかわいいナイフと意識して入手したものであり、一度根性切りと称して小さい方の刃を使つて自分の腕に傷を付けたことがある外はナイフとして使用したことがなかつたと認められる。

また、前記陳述及び一件記録によれば、1 少年は被害者が本件致命傷を受けて少年に対する攻撃が鈍つた後も依然本件ナイフを握つていたものの、攻撃には使用せず、ナイフを握つた右手で被害者を殴りつけていたこと、2 本件直後にも少年は被害者をナイフで刺したとの意識はなく、むしろ被害者の異常に気づくまでは殴合に勝つたとの気持ちでいたこと、3 異常に気づいてからは被害者を救護しようとの行動を取つたことが認められる。してみると、本件非行の態様及びその後の少年の行動からは本件非行時において少年が被害者の死亡の結果を認識することは可能であつたとはいえてもその結果を認容していたことを認めるにはなお合理的疑いが残るというべきである。この点で、少年の捜査官に対する供述中には被害者の死亡の結果を認識し、これを認容していたと認めうる部分があるが、その供述も子細にみれば一般論もしくは、被害者を死亡させたという自責の念から出、あるいはそのために捜査官の理詰めの質問に迎合した供述の可能性が強く、必ずしも非行時の少年の意思を正確に述べたとはいいがたく、前記のごとく客観的状況からみて殺意の認定に疑いの残る本件においてはこれによつて少年の殺意を認定する証拠とすることはできない。

従つて、少年は本件非行時には少なくとも被害者を傷つけることは認容して行動していたものと認められるが、さらに意識的にも、未必的にも殺意を持つていたと認定するにはなお合理的に疑いが残り、これを殺人と認定することはできないから、一件記録によつて認められる傷害致死の範囲で非行事実を認定する次第である。

2  処遇の理由

本件非行は通学する高校において被害者と喧嘩になつた少年が被害者の攻撃を抑圧して優位に立とうとして、ナイフを使用して反撃したことにより死亡という重大な結果を引き起こした事案である。このような結果については事実認定のとおり、些細な原因で被害者から少年に対し執拗な暴行を加えるなど被害者が本件を誘発した面がかなり大きいこと、その結果自体は前記認定のとおり被害者はもちろん少年にとつても予期せぬ偶然が重なつた不幸な結果であつたことなど少年に対し、同情すべき面が認められる。しかしながら少年においても当初から被害者の誤解を説くための行動を取ることなく、漠然とではあつても喧嘩を予想するや安易に本件ナイフを持つて登校し、本件時にいたつても被害者を宥める努力などすることなく、かえつてその暴行を挑発するような言動に及ぶなど本件行為についての責任は大きく、そのような対応に及んだ少年の性格的問題性は後に述べるようにかなり大きいものといわねばならない。

少年はこれまで顕在化した非行などもなく高校1年生までは普通の学生生活を送つていたものである。ところが高校1年生の後半頃、デイスコクラブへ出入りするようになつてからは学校への関心は薄れ、2年生になつていよいよ高校生活に不適応感を抱くようになつてからはパンクといわれる先鋭的な音楽や服装への憧れを強め、週末はデイスコクラブへ出かけてそのまま友人宅へ泊まることも多く、自らもロツクグループをつくり、そのフアツシヨンを気取るなどするようになつた。本件ナイフも元々はこのような少年の関心の中で装飾用として本年7月頃に高校の友達から譲り受け、遊びに出るときなどに持ち歩き、自らも根性切りと称して腕に傷を付けるのに用いるなどしていたものである。少年のこのような生活態度は3年になつても変わらず、進学を断念していち早く就職を決めてよりは高校にはただ登校するのみで音楽活動やアルバイト中心の生活をするようになつた。前記認定のとおりに本件で少年が深い考慮もないままに喧嘩になつた場合には脅しに使うとのつもりで本件ナイフを学校へ持つていつたことには少年のこのような当時の生活傾向やそこから生まれてきた見かけの派手さに走り、自己を誇示しようとする姿勢の影響したところが大きいといわねばならない。

また、少年がこのように学業を放棄し、趣味に走るような生活になつていつたことには潜在的な能力はありながら、理解に遅いといつたことから学校での勉学にはいつも遅れをとり、そのために学業に対し根強い劣等感を持ち、その反面として表面的には目だちたいとの意識を常に強く持つていたことが考えられる。総じていえば少年は自己顕示性や虚栄心が強くこうした心情を適切な範囲に抑えて行くだけの社会人として必要な視野の広さや粘り強さに欠けていると認められる。さらに、このような少年の生活史と結局人間的つながりでなく、刃物に依存してしまうという本件一連の行動からは少年が真の意味での人間的な共感をうるのに必要な情緒性にやや欠ける面の窺えることも見逃すことができない。

以上のように少年の問題性は小さくないが、一方こうした問題は要するに少年の社会人としての成長過程における未熟さに起因するところが大きくその問題性の克服はまさに保護矯正処分の対象というべきである。すなわち、少年に対してはこの機会に専門家による強力な矯正指導の機会を与えることが必要と認められる。また、少年は現在、事件直後に比べれば落ち着いてきたとはいえ、なお事件に対しては相当の心理的衝撃を残しており、以上に指摘した問題性を踏まえた指導教育を施すには一定期間現在の環境から離した、矯正施設で注意深く心情の安定を計りながら集中的な指導を行うことが相当と認められる。

なお、少年は現在でも高校卒業の意欲があり、先に指摘したとおり本来勉学に適応するだけの能力は充分備えていると認められるので、その処遇は高等学校の教科教育課程によることが望ましく、少年の心情の安定と更生の方向付けがえられるならば比較的早い時期に社会復帰の機会を与えることが適当と思慮する。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して少年を中等少年院に送致することとし、没取につき少年法24条の2第1項2号、2項本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 鎌田豊彦)

〔参考〕 処遇勧告書<省略>

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